T&J

■TとJの高校生日記



 地球とは似て非なるその星では、人型をした様々な獣族が生活をしている。
 通常は隠されている獣耳と尻尾がある以外は、人のそれと何ら変わりは無い。

 人里離れた此処、全寮制の共学校・加遁(カートゥーン)学園でも、種族を超えた高校生活が広がっていた。

「おっ、いたいた。杜夢!」
「・・・んぁ?」

 授業をさぼって屋上で寝こけていた杜夢は、突然の来訪者に重たい瞼を持ち上げた。
 ぼやけた視界に映り込んだ人影が誰であるか分かるや否や、杜夢は再び眠りに興じようとしたわけだが、当然のことながら蹴り起こされる。

「コラ、クソ猫、二度寝してんじゃねぇ」
「ッ、ってぇな・・・クソはてめぇだろーが」

 つま先で小突かれた肩をさすりながら不機嫌そうに上体を起こした杜夢が睨んだ先には、軽薄そうな黒髪の男がニッと口元を歪ませて屈んでいた。
 それを見るからに彼が上機嫌であることが窺えて、杜夢は嫌な予感に頬をひきつらせた。

 杜夢、高校2年生、身長は185cm、手足の長いモデル体型、銀髪にやや眦のつり上がった碧眼なども含めて間違いなく美形の部類に入るだろう。
 実際に彼女が途切れたことは無く、常に隣には校内でも指折りの美女がいたりする。
 そんな彼の欠点といえば、皆無と言っていいほど女心が分からないことだ。
 気付かぬうちに彼女を怒らせてはその都度問題解決に動くも、空回りで余計に相手の怒りに火が付き、結局のところフラれてしまう。
 毎回同じパターンなのだが、不思議なことに杜夢の彼女になりたい子が次から次へと現れるために事欠かない、まさに世の男性の敵である。

 そんな杜夢の悪友とも言うべきなのが、高校に入って知り合った同学年の武智である。
 類は友を呼ぶとはこういうことか、182cmの長身痩躯に、指通りの良い黒髪と垂れ目がちな淡い琥珀色の瞳は愁いを帯びているようで、優男な風貌も相俟ってか年上の女性によくモテる。
 時にセレブリティな人妻をも射程範囲内とし、おねだり上手な彼の耳には控え目ながらもダイヤのピアスが、親指と中指にはオニキスをあしらったゴツめのシルバーリングなどが、それを物語っている。
 いつも愛想良く笑顔を振りまいては無害を主張しているが、実際のところはスリリングな日々を求めており、常に周囲へアンテナを張っている極めて有害な男なのだ。

 その武智がにこやかな表情でわざわざ屋上まで足を運んだ理由、それは遊ぶネタが見つかったということ。
 基本、面倒事には首を突っ込まない杜夢だが、それを知った上で悪友がわざわざ会いに来たのだから、さすがに無関係を決め込むわけにもいかない。

「・・・なんだよ」
「なにが?」
「なんかあるから俺んとこ来たんだろ」
「あれぇ、気になっちゃう?」

 にやりと笑う武智に「やっぱいい」と言いたくなったが、これ以上惰眠の邪魔をされたくはない。
 げんなりしつつも、耳を傾ける。

「実は面白そうなオモチャ、見つけちゃったんだよねぇ」
「オモチャ・・・?」

 入学時に初対面の武智から親友宣言されて以来の付き合いになるが、それが”生きている”オモチャであるとの勘を働かせた杜夢は、やはり我関せずを貫くべきだったと後悔に陥った。
 そんな心情を知ってか知らずか、武智は話を進めていく。

「昨夜、下のコンビニで買い物してたら小さいのとぶつかってさぁ」
「小さい?」
「そう、こんなちっさいの」
「虫かよっ」

 そう言って親指と人差し指で作ったサイズに、思わず杜夢が突っ込みを入れる。

 武智の言う”下のコンビニ”とは、この加遁学園の広大な敷地内の一角にある、学園の関係者だけが利用できる施設だ。
 他にスーパーや本屋などもあり、基本の生活は敷地内で送れるように備えられている。
 金持ち学校だと称されているが、全生徒がそうではなく、レストラン並みの学食を使うのは主に大小問わず企業の子息や令嬢で、奨学金で入学した生徒は仕送りなどで自炊をしていたりする。
 中には複雑な事情ゆえにこの学園へ来た者もおり、多種多様な少年少女が在学しているのだ。
 ちなみに杜夢は世界で屈指の大富豪の息子で、武智は親の離婚・再婚を経て此処へ来たワケ有りなセレブ高校生である。

「にゃははは。とにかくさぁ、そんとき俺が言ったわけよ」


『ありゃ、小さくて見えなかったよ。ごめんねぇ』
『・・・あ?』
『だからぁ、あまりに小さ―――』
『それ以上言ったら、てめぇのフニャ○ンひねり潰すぞ』


「・・・と脅されまして」
「・・・そりゃスゲーな」
「だろ。見た目はなんてことない小動物なのに、口開いたら猛獣よ?さすがの武智サマも驚いたんだけど、それ以上にビビビッときちゃったね。オモチャ発見!ってさ」

 と、目を輝かせながらまだ何やら喋り続けている友人の歪んだ性格をどう直そうか悩む一方で、杜夢はその”小さい存在”のことを考えていた。

 武智の話からして、相手はおそらく男だろう。
 そして小動物な見た目なのに、口が異常に悪い。

 ふと、ひとりの少年の顔が浮かんだが、すぐに脳裏から打ち消した。

 ”アレ”ではないはずだ。
 ”アレ”は1年前に、忽然と俺の前から姿を消したではないか。
 俺の住む屋敷へ使用人として住み込んで2年、種族の違いからか喧嘩ばかりしていたが、それなりに楽しんでいたし、良きライバルとしてお互い認識していたはずだった。
 それなのに家主(の息子)である俺には一言もなく、近所の須波にはちゃんと別れを告げていたという、胸糞悪い思い出だけを残して出ていきやがった。

 当時のことを思い返すたびに、フツフツと怒りが湧き上がってくる。
 あの時の気持ちをまだ消化しきれてないのかと、苛立ちは益々募るばかりだ。
 眉間には皺、見る者が見ればどす黒いオーラが渦巻いているであろう。

 そんな杜夢の横では、まるで気づいていない武智が相も変わらず話を続けていた。
 その手には、いつの間にやら光る物がぶら下がっている。

「――― でさぁ、ほらコレ、持ち帰ってきちゃったわけよ」
「・・・・・・あ?」

 物思いに耽っていた杜夢が、すこぶる機嫌の悪い顔でそれを見た、途端。
 目を見開き、弾かれたように武智の手からソレを奪い取る。

「っ、コレッ!?」
「ちょっ・・・?え、何?お前、急に―――」

 突然のことに驚いた武智が、固まって動かない友人の肩に手を乗せようとしたときだった。


 バアアァンッ!!!


 壊れるんじゃないかと思われるくらいに勢いよく開いた扉と共に、小さな人影が飛び出してきた。

「ッ〜〜〜〜〜見つけたっ!!てめぇ、盗んだもん返せっ!!」

 武智の姿を確認するや否や、まるでそれ以外のモノが見えてないかのごとく、一直線にドカドカと大股で近づいてくる。
 その人影 ――― 少年は目の前で立ち止まると、屈む武智の眼前に手を突き出して言い放った。

「か え せ !」

 それ以外には興味ないとばかりに、端的に言葉を吐く。
 武智は一瞬きょとんとして、けれどもいつもの悪戯な笑みをすぐに浮かべた。

「何を?」
「お前が盗ったことぐらい分かってんだよっ!しらばっくれんな!」
「やだなぁ・・・俺、ぶつかっただけで脅された挙句、犯人扱いされちゃってるワケ?」
「ッ!!」

 その飄々とした態度に、手だけは出すまいとしていた少年が激昂する。
 鼻先で嗤う武智の胸倉を掴み上げ、拳を振り上げた。

「てめっ・・・これ以上ふざけてるとタダじゃ―――」
「キャー、コワーイ。タスケテ、トムエモーン」

 広げた両手を顔の高さまで上げて、武智が某青猫ロボを呼ぶメガネ少年のごとく棒読みで友人に助けを求めた。
 その表情に殴られるという恐怖は一切なく、むしろこの状況を楽しんでいるような余裕さえ窺える。

 少年は奥歯をぎりりと食い縛り、拳を振り下ろそうかと考えあぐねいた。
 その時、少年の視界の隅でもぞりと影が動いた。
 なんだ、と振り向こうとした少年の耳にするりと入り込んだ、男の声。


「・・・樹、里・・・?」


「ッ!!?」

 その声音に、ビクッと少年の身体が震えた。
 あからさまな動揺は、服を掴んでいた腕から武智に伝わったのだろう。

「え、何?お前の知り合い?」

 この張りつめた空気にはそぐわない軽い問いかけを軽く無視し、杜夢は腰を下ろしたまま、低くトーンを落とした声でもう一度その名を呼ぶ。

「樹里、だろ?」

 その呼びかけに、ようやく武智を解放した少年が腕を脱力させ、ゆっくりとそちらへ向いた。
 少年の薄茶掛かった双眸が、やや潤んでいるように見えるのは気のせいではない。
 間近で見ていた武智が瞠目した後、小さく喉を鳴らしたことなど気付きもせず、樹里と再び呼ばれた少年は苦しげに眉根を寄せた。

「・・・ん、で・・・っ」

 なんで、お前がここにいるんだよ?
 そう言いたいのに、泣く寸前みたいに喉が締まって上手く言葉を吐き出せない。

 戸惑うその姿に杜夢が呆れたように溜め息を吐き、少年とは真逆のしかめっ面で答える。

「なんではこっちのセリフだ、馬鹿が。なんでお前がここにいんだよ。つか、どこ行ってやがった」

 まるで昨日の出来事のようにぶっきらぼうに話しかける杜夢に対し、バツが悪そうな表情をした少年は無言のまま露骨に視線を逸らした。
 その態度に、ゆらりと立ち上がった杜夢が青筋を立てて牙を剥く。

「てめぇ・・・このオレを無視するたぁ、いい度胸してんじゃねーか」

 その時々の昂った感情によって肉体の様々な部分を獣化できるのが獣族の特徴ゆえ、たとえば怒りの感情がある一定に達すると、それまではキレイな並びをしていた歯列の一部が鋭く尖り、敵や獲物を威嚇するモノへと変化する。
 それが、今の杜夢の状態だ。
 髪は重力に抗うようにやや逆立ち、切り揃えられていた爪は歯と同じように鋭いものへと変化していた。
 こうなっては、さすがの武智も止める術は無い。
 実際、こんな杜夢を見たのは出会ってから初めてであったため、どうにも対処法が思いつかない。
 それに同族とはいえ、無理に止めようものなら牙と爪で深い痛手を負いかねない。
 オス同士のいざこざは、どの種族でも命懸けなのである。

 ともかく、杜夢と少年の間に挟まれた武智は、このただならぬ雰囲気に自分の存在を薄くして傍観することに決めた。

 牙を剥いた猛獣にロックオンされた少年を見やれば、心なしか恐怖で身が竦んでいる。
 それでも薄茶の瞳だけは負けまいとする意地とプライド、そして眩いほどの生命力を湛えていた。

 その目にゾクリと、キた。

 ・・・ことは今は誰にも内緒だ。
 空気を読まない男・武智とはいえ、命はまだ惜しい。

「使用人のくせに、オレに無断で出て行った罪が簡単に消えると思うなよ!」
「はあ?俺はあの家の使用人だっただけで、お前に許可もらう必要なんてなかっただろ!」

 武智がざわつく胸を鎮めているその間にも、二人の荒々しい会話は進んでいく。

「てめぇは最初からオレにつくようにオヤジから言われてただろーが!つか、使用人の分際でオレに楯ついてんじゃねーよ!」
「ッ、旦那様には途中で無理だ、って頼んで外してもらっただろっ!それに分際って言うけどな、俺ぐらいしか”オトモダチ”いなかったじゃねぇか、お前っ!」
「あ゛ぁ゛?ふざけんな!てめぇなんざダチなんて高等な間柄でもねぇだろーが!知り合いってだけでも反吐が出るぜ」

 杜夢が心底嫌そうに吐き捨てた瞬間、少年の顔が苦痛に歪み、そのまま口を閉ざして俯いた。
 両の拳は怒りではない何かを堪えるかのようにきつく握られ、小刻みに震えている。

「ッ・・・そ、だな・・・俺とお前がダチだなんて、サイアクだよな・・・」

 俯いたまま押し殺した声でそう呟いた少年の姿に、ようやく怒りに我を忘れていた杜夢が己の失言に気付き、言いすぎたとばかりに口に手を当てた。

「んなの、分かっ、てた・・・、ッ・・・から、・・・だから、家、出たんじゃねぇか・・・っ」

 それは本当に小さな、武智がかろうじて聞こえるくらいの、か細い訴えであった。
 つまり、杜夢にはまったく聞こえてないということだ。

 そして、その言葉は、まるで・・・ ―――――― 。

 少年が無言になったのを自分のせいだと捉えた杜夢が、気まずそうにチッと舌打ちをした。
 自分に対してだと思ったのだろう、少年の肩が揺れ、見る見るうちに青褪めていく表情を武智はじっと見つめていた。
 杜夢はといえば仏頂面でそちらを見ようともせず、ズボンの尻ポケットに何かを突っ込むと、突然歩き出した。
 向かう先は、校内へと続く扉だった。
 まさかとは思うが、少年を残してこの場を去る気だ。
 珍しく慌てた様子で、武智がその背に声を掛けた。

「あ、おい杜夢、どこ行くんだよ」
「帰んだよ、クソつまんねーし」
「え、」
「あ?」
「・・・いや・・・」

 コイツ置いてくのかよ、という言葉は呑み込んで、離れていく背を見つめる。
 ついていくべきか、残るべきか、どうしようかと武智は悩んだ。
 扉を開けて階段を下りていく杜夢が振り返らないのは、勝手にしろ、ということなのだろう。
 それとも、他者を気遣う余裕がなかったのか。

 どちらにせよ、武智はこの場に留まることを選んだ。
 当初の目的を思い出したからだ。

「行っちゃったねぇ」
「・・・・・・・・・」

 未だ俯いている少年に軽く声を掛けるも、返事はない。
 そんなのは予想の範囲内とばかりに、武智は距離を縮めていく。

「あの杜夢と知り合いだったなんて、世間は狭いなぁ」
「・・・・・・あんな奴、知らねぇよ」
「いつからの知り合い?」
「知らねぇって言ってんだろ、ッ、近寄るな!」

 頭上に影を落とされようやく間近に武智の姿を確認した少年が、警戒するように一歩後ずさる。

 最近ではすっかりご無沙汰だったとはいえ、獲物を追い詰める行為はこんなにも愉しかっただろうか。
 クク、と武智の喉奥から笑みが零れる。
 校内一チャラいとまで言われている普段の姿は形を潜め、黒髪の隙間から覗く双眸に仄暗い光が灯った。

 動物的防衛本能で、青ざめた少年が扉の方へ駆け出す。

 それを見逃すかのように一瞥した後、ドアノブまであと数センチのところで腕を掴み上げると、壁に押し付けた。
 突然の衝撃で苦痛に顔を歪めて呻く少年に顔を近づけて、深い笑みを作る。
 相手が女性ならば、一瞬で蕩けてしまうだろう極上の笑みだ。

 しかし、少年はそれを見て息を呑んだ。
 強張った表情に恐怖が滲む。

「好き、なんでしょ」
「ッ、な、に・・・」
「アイツのこと」
「!違っ・・・」

 動揺と焦りが綯い交ぜになった顔が、臨戦モードに入った武智の加虐心を煽る。
 両手を壁に押し付け、覆い被さるようにして首筋に顔を埋めれば、喰われるとでも勘違いしたか少年の喉が小さく悲鳴を上げた。

「分かるよ、見てれば」
「う、うるさ・・・っ」
「俺には、嘘、吐かないでね」
「ぅ、やめ・・・!」

 耳たぶを食み、首筋に舌を這わせただけで、まるでその刺激を知っているかのように小柄な体躯がビクンと跳ねた。

「あれ、経験アリ?」
「っんなわけ、ッ、ァ・・・!」
「ふぅん・・・んじゃ素質アリ、ってことかな」

 皮膚をきつく吸い上げれば、押し殺した声が食い縛った歯の隙間から洩れる。
 睨みはするも暴れることを一切しない少年は、体力的に勝ち目はないと悟った上で大人しくしているのだろう。
 口が悪いのは少年の最大限の抵抗なのかと、愚行とはいえ身の振り方を考えていることに武智は感心した。
 つい解放してやりたくなったが、まだ会話の途中だったことに気付き、顔を離す。

「ね、俺と契約結ぼうよ」

 突然の提案に、この状況に些かついていけてない少年が眉間にしわを寄せた。

「は・・・?お前、何言ってんだよ・・・」
「だからぁ、俺ヒマだし、オモチャ欲しかったし、いいじゃん」
「意味わかんねぇし、オモチャってなんだよ!つか、お前の暇つぶしに付き合う義理なんてねぇだろ!」

 尤もな拒否発言に、「わかってないなぁ」と武智が首を横に振る。

「いいの?アンタがアイツのこと好きだってバラしても」
「!?」
「困るんじゃないの?さっきの言動からして、知られたくなさそうだったじゃん。だから家も出たんだろ?」
「!・・・な、んで・・・」

 自分の秘めたる想いを気付かれるはずがないと思っていたのか、杜夢から離れた理由さえも中てられて、少年の身体がカタカタと震えだした。
 それに気を良くした武智が、ニィと口角を上げた。

「言わないよ、誰にも。ただし、さっき言った契約を結んでくれるのが、条件」
「契約・・・?」
「そ。俺が飽きるまで、俺の相手をすること。代わりに俺は、アンタのことを誰にも喋らない」

 他者からしてみれば少年に分が悪いことは明らかだが、当人にはそれを考える余裕の欠片もない。
 この馬鹿げているようでいて、しかし命をも握られているような契約を結ぶか否か、選択の余地は無いにも等しかった。

 頬に影を落として、少年が呻くように呟いた。

「・・・わ、かった・・・」
「ん?聞こえなかったなぁ、もう一回」
「ッ、わかった!って言ったんだ!!ジジイか、てめぇはっ!」

 悪態を吐いた少年が怒り心頭で顔を上げて、もう一言二言罵声でも浴びせようとした、その瞬間。

 チュ。

 唇に触れた柔らかなそれが何かと思う間もなく、再び視界が暗くなり、唇が塞がれた。

「んん、ん―――っ!!」

 初めは押し付けるだけだったキスも、舌が入り込んできたことで深いものへと変わる。
 絡み合う水音が少年の思考をパンクさせ、それを良いことに武智は何度も角度を変えて、しばし口内を味わった。

「よし、契約成立」

 唾液に濡れた自分の唇をぺろりと舐め、壁に背を預けて座る武智が満足そうに視線を細めたその先では、酸欠の少年が腕の中でぐったりとしていた。
ずっと両手を拘束されていたことで男の腕を引き剥がそうにも力が出なかったため、こんな望まない体勢を強いられているのだ。
 悔しさに涙が滲んだが、弱い部分を突(つつ)かれるのは目に見えているので必死に平静を装った。
 もぞりと身体を動かせば、武智が覗き込んできた。

「あ、もぉ大丈夫?」
「・・・・・・てめぇに心配される筋合いはねぇ」
「ブハッ、にゃはは、さっきまで足腰立たなかった奴の発言とは思えないくらい強気だなぁ」
「うっ・・・うるさい、離せっ!」

 図星を突かれ、顔を真っ赤にした少年が両手を突っぱねて、ようやく武智の腕から逃れた。
 さも愉しげにクツクツと笑う武智を無視し、少年は立ち上がると今度こそ扉に手を掛ける。
 と、武智の思わぬ口撃が少年の脳を揺らした。

「またな、樹里」

 やや低く、ほんのり甘く、初めて呼ばれた名前にドアノブを回す手がピクリと反応する。
 だが、何事もなかったかのように開けると、視線を合わせることなく階段を下りて行った。

 きっと武智は気付いている。
 今頃、あの場で声を殺して笑っているのだろう。

 そんな光景を脳裏に浮かべ、少年 ――― 樹里は僅かに顔を顰めたのだった。







 つづいてしまえ。
(杜夢が持って行った光る物体がどうなったかは、今後の展開で)














試作品第二号。
・・・あれ、なんか杜夢×樹里じゃなくて、武智×樹里っぽくなってる・・・?
しかも、それが書きやすそうとか思ってる自分・・・なに?なになに?
しかもしかも、本命いるのに背徳的な関係、悪くないんじゃない?とか、原作からかけ離れたドロ〜とした設定が浮かんでしまったのは・・・夏のせい?
すでに原作なんてどこ吹く風状態なんですが・・・、ほとんどオリジナルですね。

・・・さ、久々にアンケでも取りますか。(最終的にA・Bどっちも書きますが)





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