T&J

■TとJ



 ある晴れた日のこと。

 青い髪の少年が陽だまりの中、ウトウトと惰眠を貪っている。
 少年と言っても、男の香を匂わす均整の取れた筋肉質な体は、見た感じ青年のそれに近く、頭には耳、手足には鋭い爪が隠され、尾骨付近には長い尻尾が垂れている。

 彼の名は、杜夢(とむ)。某世界的名作アニメの主人公のひとり。

 そしてもうひとりの主人公の名は、樹里(じゅり)。

 ブラウンの髪と瞳を持つ気の強い美少年で、丸い耳に細くて長い尻尾が特徴的だ。
 杜夢と同年代の彼は傍から見れば華奢な身体つきだが、好奇心旺盛で悪戯好き、自分より体格の大きい相手にも怯むことのない強い心を持っている。

 そんな彼らが住むのは、一軒家の一室と屋根裏部屋。

 人間に愛情を与えられて温かな部屋で暮らす杜夢と、人間に忌み嫌われて薄暗い屋根裏でひっそりと暮らす樹里。

 彼らの物語が今、動き出そうとしていた。










 カタン、と屋根裏から聞こえた物音で杜夢は目を覚ました。

「・・・んだよ・・・」

 チッと舌を鳴らし天井を睨み付ける。
 その顔に猫らしい愛らしさなどひとつもない。
 それどころか、杜夢の目覚めの悪さと言ったら、飼い主でさえも手を焼くほどだ。
 ひとつ伸びをすると、寝転がっていたソファから立ち上がった。
 天井を見つめる瞳は、ずっと一点に集中したまま。
 音を追うのは目ではなく、銀の髪の隙間から覗かせた大きな猫耳だ。

 再び、カタン、と音がする。

 聞こえた先はキッチン。
 足音を忍ばせドアの隙間から覗き見ると、そこにいたのはブラウンの髪と瞳を持った小柄な少年だった。
 好物であるチーズの在り処でも探しているのだろうか。
 杜夢の双眸がギラリと光った。

 獲物だ、捕らえろ。

 動物的な本能が発動する。
 背後にそっと忍び寄り、一向に気付く様子のない少年の耳元で低く唸るように囁いた。

「何やってんだ、樹里」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜!!?」

 毛を逆立てるように全身を強張らせた樹里と呼ばれた少年が、声にならない叫びをあげた。
 声だけで、もう誰であるか分かったらしい。
 慌てて逃げ出そうとした樹里の両手首を後ろから掴み、壁に押し付ける。

「痛ッ・・・離せっ!!」

 羽交い絞めされているにもかかわらずなおも身体を捩らせて抵抗する樹里を、杜夢は鼻で嗤った。

「この弱肉強食の世界で離せって言われて、そうする奴がいると思うか?」
「っく・・・」

 樹里は悔しそうに壁へ額を押し付けた。
 確かに追うか追われるか、食うか食われるかの動物社会で、相手に救いを求めるなど滅多にあることではない。

「さーて、どうすっかな・・・」

 小動物をいたぶる猛獣のごとく、腕の中にいる樹里を見つめ舌舐めずりをする。
 悲しいかな、その姿に樹里の喉が小さくひくついた。

 杜夢が自分を食べる気が無いことは、これまでの経験上で分かっていた。
 ならば手痛い制裁か、それとも暇つぶしに飽きるまでいたぶられるか。
 今まで見つかっても逃げおおせていたため、先の展開が全く読めないのだが、どちらにせよ無事では済まされないことはこの状況で理解できた。
 逃げなければと、脳が全身に信号を送る。
 しかし、いくら勝ち気な性格の樹里とはいえ、強気に出られない理由があった。

 それは、この住み処だ。
 これまで家を転々としていた樹里にとって、ようやく安心して暮らせる屋根裏を見つけたのだ。
 都市部で利便性があり、食料は豊富、何より今までで一番住み心地が良い。
 番犬ならぬ番猫の”杜夢”という障害など、この快適な環境を守るためならば少しぐらいの我慢は仕方がない。

 それに・・・、と不安げに瞳を揺らしたが、今はそんな複雑な気分に浸っている場合ではない。
 殴られるのは必至だという想定の下、あらゆる衝撃に備えようとギュッと目を瞑ったその時だ。

「ッ、ヒッ!?」

 ぬる、と首筋の不快な感触に、樹里は目を見開くと同時に短い悲鳴を上げた。
 次いで、上着の裾から潜り込んできた素肌を弄る手の存在に顔を青褪めさせる。

「なっ、何してっ!!」
「んー・・・お試し」
「は?ッ、なに、試すっ、て・・・ちょ、ソコ触んなっ!」

 胸の尖りに指先が触れた途端に暴れ始めた樹里を見て、杜夢が背後で笑う。

「ふーん・・・武智(たけとも)の言うとおりだな」
「っ、やっ・・・ダ、レだよ、ソイ、ツ・・・ぅ、ぁ!」

 指腹で押し潰されて捏ねるような愛撫を受け、樹里の口から小さく甘い声が漏れた。
 イヤイヤをするように顔を横に振る樹里の晒された項に唇を押しあてて、杜夢が抑揚なく応えた。

「最近つまんねーし、暇つぶしにダチと賭けしたんだよ」
「何、をっ・・・ん、やっ・・・」
「内緒」

 言うなり、胸ばかりを触っていた手があろうことか肌を滑り、下腹部に降りてきた。
 慌てて動かせる方の手で払おうとするが、力の差は歴前で、他者が見れば杜夢の大きな手の上に樹里の小さなそれが添えられ、まさに誘っているようだと捉えられかねない状態だ。

「ちょっ、これ以上は洒落にならな―――」
「黙ってろ」

 耳元で低く威嚇され、全力で拒絶したい心とは裏腹に身体は無様にも竦み上がる。
 大きな種族には逆らうな、そんな命令がDNAにでも組み込まれているのか。
 樹里が悔しさで唇を噛みしめるその間にも、杜夢は我が物顔でコトを進めていく。

「や、だ・・・っ」

 ジーンズの前を寛げ、下着越しに中心を触れられる。
 その無遠慮で何の気遣いもない指が数度扱けば、僅かばかりに形が変わった。
 身動ぎできずに震える樹里の身体を己と密着するように抱き寄せ、肩に顎を乗せる。

「イイ声、出せよ」

 杜夢が恋人にするように甘く囁き、下着の中へ手を差し入れて直に樹里のモノを握り込んだ。

「ッ―――!」

 大きく体が揺れるのと同時に息をのむ音が聞こえたが、それ以上の抵抗が無いことに疑問を覚えつつも杜夢の手は止めることをしない。
 緩急をつけて与えられる刺激に必死に耐えていた樹里も、次第に息が乱れ、薄く開いた唇の隙間から小さな声が漏れはじめる。

「ぅ、ぁっ・・・ん、っ、んんっ」
「ああ、いいぜ・・・もっと声聞かせろ・・・」

 気分を良くした杜夢は、手を動かす合間にも細い首筋へ何度も音を立てて口づけを施していく。
 時には軽く、時には痕をつけるように強く、その行為を樹里は身体ではなく耳で感じ取って赤面した。
 余裕のなさとは別に、これが杜夢のやり方なのかと冷静に分析する自分に驚く。

 彼女らしき雌猫にビンタを食らわされてるのを普段から見ているだけに、女心は分からなくてもこういうことは上手いのかとどうでもいいことを考えつつ、突然の強い刺激に現実へと引き戻される。

「ぅあ!?・・・っ、ぅ・・・!」

 上の空になっている樹里に気付いた杜夢が、敏感な鈴口に爪を立てたのだ。
 かろうじて射精は免れたものの、とろとろと流れ出す先走りを指に絡ませて強く扱いてくる杜夢の責めに、息をするのもままならず胸を喘がせた。

「はっ、待っ・・・ッ、あっ、や、苦し・・・っ!」

 半分声にならない言葉で訴えるも相手が聞き入れてくれるはずもなく、逆に樹里の手首を拘束していた方の指で胸の尖りを抓みあげられ、無意識にビクビクと身体が反応する。
 再び与えられた刺激に、射精感が一気に高まっていく。

「やっ・・・あ、っ・・・も・・・」
「ああ、わかってる・・・」

 樹里の状態など分かってるとでも言いたいのか、手の速度を上げる杜夢が熱っぽい声で悪魔のごとく囁く。

「じゃあ言えよ・・・」
「んっ、な、にを・・・?」
「イかせて下さい・・・ってさ」
「ッ!?・・・っ、誰が・・・、うあっ!!」

 驚いたのと同時に、そんなこと誰が言うかと怒鳴ろうとしたが、咎めるように胸を抓られ目尻に涙が滲む。
 それどころか堰き止めるように根元を締めつけられて、苦しさで身体が丸まった。

「どうする?このままじゃイかせられねーし」

 楽しそうに話しかけてくる杜夢に殺意を覚えつつも逃げることは叶わず、助けを呼ぶなど以ての外という状況下で、この苦痛から解放してくれるのは他の誰でもなくこの悪魔なのだと不本意ながらも悟る。

「ッ・・・・・・・・・」

 元凶に助けを求めるなど、普段の樹里には到底無理だろう。
 だが気が狂いそうなほどの熱を鎮めてくれるのは、この男しかいないのだ。

「・・・・・・せ、て・・・、・・・い・・・」

 プライドをかなぐり棄て、震える声で出せたのはたったこれだけ。
 案の定、不服そうな声が頭上から降り注ぐ。

「あ?聞こえねー」

 樹里は唇をかみしめ、再度告げた。

「・・・か、せて・・・、っ・・・さい・・・」
「てめぇ、何度も言わせんじゃねーぞ」

 冷たい声音が、勇気を振り絞ろうと必死な樹里の身を震わせる。
 目尻に溜まった涙が汗と混じり、ぽたりと床に落ちた。

「っ、かせて・・・願、ッ・・・ぅっ、イかせ・・・っ」

 それらが引き金となったのか、嗚咽混じりに懇願する樹里を背後から抱き締めていた杜夢が瞠目し、そして眉根を寄せた。

「仕方ねぇな・・・望み通り、イかせてやるよ」

 言うなり根元を解放して、やや乱暴に扱きあげる。
 再開された愛撫に、樹里が今まで以上に身体をビクつかせた。

「ひぁっ、アッ、やぁっ、ッ、もぉ・・・アァッ―――!!!」

 待ち侘びた快感を一気に最高潮まで持ち上げられ、喉をのけ反らせた樹里はあっという間に射精を迎えた。
 余韻に浸る樹里の身体は小刻みに震え、杜夢が支えていなければ倒れてしまうほどに脱力している。
 吐き出した白濁が壁を汚し、杜夢の指に絡まり滴り落ちる。
 それを気にも留めず、樹里の項に強く吸いついて鬱血した痕をひとつ残すと、杜夢は無言のままゆっくり離れていった。
 がくん、と膝から床に崩れ落ちた樹里を見下ろし、近くにあったタオルで汚れた手を拭くと、それを下に放り投げた。

「・・・使え」

 しばし放心状態だった樹里が虚ろな目でそれを見つけ、緩慢な動作で自分の元へ引き寄せると、少しずつ下股の汚れを拭っていく。
 だが、ある程度身なりを整えた樹里が俯いたままであることに気付いた杜夢が、その表情を窺おうと肩に手を乗せた瞬間だった。
 想像以上の強さで払いのけられ、杜夢は驚きと共に彼の目に幾ばくかの生気が戻ったことに安堵の色を浮かべた。

 確かに暴行紛いのことをしたのは自分だ。
 しかし、いつもの樹里ならばそんな状況に陥る前に噛みつく位の無謀な抵抗やら罵声のひとつやふたつは飛んでいてもおかしくなかったのに、今回はらしからぬ従順さを見せた。
 そんな樹里に対し、戸惑うだけでなく若干の罪悪感も生まれる。
 とはいえ樹里に優しく接するほど、杜夢は彼に対して特に何の感情も抱いているわけではない。
 家族でもなければ友人でもない、追うものと追われるもの、その程度の繋がりだ。
 いや、繋がっているのかどうかも怪しい、酷く曖昧な関係であると思われた。

「痛ぇな・・・何すんだよ」
「オレに、触んなっ」

 目を潤ませた樹里がキッと睨みあげ牽制すると、まだ力の入らない腰を床から引き剥がすようにして壁に手をついて立ちあがった。
 ズルズルと足を引きずるようにしてその場を立ち去ろうとする樹里の背に、低音の唸りが投げつけられる。

「どこ行くんだよ」
「帰、る・・・」
「・・・ふん、屋根裏に不法滞在しといて帰るだぁ?」
「ッ・・・お前らには迷惑かけてないだろ・・・っ」

 杜夢の言うことは尤もだが、許可なくここに居座らせてもらう以上は家主に迷惑をかけないよう生活しているつもりだった。
 食事だって手当たり次第に食い散らかすのではなく、痛み始めた物や封が開いて湿気た物などを中心にいただいているのだ。
 盗みがいけないことだとは分かっているが、自分のような小さな存在が生きていくためにはそうするしかない。
 しかし、今回のことでここでの生活に多少の狂いが出たのは明らかだった。

「・・・もう下には絶対に降りない」
「は?・・・お前、野たれ死ぬつもりかよ」

 樹里の無謀ともとれる宣言を小馬鹿にするように、杜夢が片眉を引き上げる。
 その言動にイラつきながらも、樹里は背を向けたままなるべく冷静に切り返した。

「俺が死のうがどうしようが、お前には関係ないだろ・・・、むしろ好都合なんじゃないの?」
「・・・・・・・・・」

 無言の答えを肯定と受け取った樹里は、怒りを抑えるように拳を握りしめると、再び歩き出した。
 男が動く気配は背後からは感じられない。
 だが・・・。

「・・・あるだろ、関係」

 もう少し離れていれば聞こえなかったであろう小さな発言に、すかさず反応した樹里が振り返り、杜夢を睨みつけて真意を問う。

「どういう意味だよ・・・」
「さっき言っただろーが」
「・・・何、を」

 ―――さっき?
 ―――何を言われた?

 ふいに悪寒が走り、気付いた時には間近に杜夢が迫っていた。

「俺の暇つぶし、まだ始まったばかりだろ?」

 壁に手を当て逃げ道を塞ぐ形で覗きこまれ、一歩後ずさる。
 その一歩をすぐさま縮められて、酷薄な笑みを張り付けた杜夢が顔を寄せ、さも当然のことのように告げた。

「賭けが決着つくまで、お前に自由はねーよ」
「ッ、ふざけんな!そっちが勝手にやってることだろっ!」
「勝手でもなんでも、俺とあれだけのことしといて今さら後戻りは出来ねーんだよ」

 あれだけ、と聞いて先ほどまでの自分の晒した醜態を思い出す。
 耳まで真っ赤になった樹里は、ニヤリと口元を歪めた杜夢を力の限りに押しのけた。

「二度とオレに構うなっ」

 そう言い放つと、樹里は今度こそ捕まらないようにと屋根裏まで走って逃げた。
 その場に残された杜夢は、あっという間の出来事にもかかわらず眉のひとつも動かすことは無かった。
 九割方は彼の描いたシナリオ通りだったからだ。
 捕まえて、恥をかかせて、怒らせて、意識付けさせる。
 そうして暇つぶしと称した賭けに勝つための布石を、いくつか用意したまでのこと。
 完全でないのがやや不満だが、残りの一割が自分でも理解し難い感情で塗り潰されていたため、潔く考えるのをやめた。
 自分がどうしたいのかなんて、決まっている。

 何が何でも、賭けに勝つ。

 この世界で負けるということは、死につながることもある。
 だから、それ以上でもそれ以下でもなく、ただ勝つことだけを考えるのだ。

「逃がす気は、更々ねーよ・・・」

 気配をも消した樹里が逃げて行った廊下の奥を睨みつけ、ひとりごちる。
 そこに不完全な一割の原因が含まれていたことを、杜夢が気付くことは無かった。







・・・とりあえずおわっとく?















 試作品第一号。
 杜夢も樹里も誰これ状態・・・。
 ほんとは杜夢=ヘタレ男前、樹里=強気片思い、と原作どおりにしたいんですけど・・・なんでかな、上手く動いてくれないね、この人たち・・・。私には従わんか。
 試作品第二号は、高校生モノにします。
 御屋敷の坊っちゃんな杜夢と居候で肩身の狭い樹里のお話。設定は基本同じだけども、性格は少しでも原作寄りにしたいなぁ。
 あとちゃんと二人以外も出したいですね。人間関係大事ですしね。





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