ふと思い浮かんだ、ダイジェスト版のその後です。










 
Unjust wish










「王子ー・・・いい加減、俺のお願い聞いて下さいよ〜」

 いつも以上にカイルの緩い声が、前を歩くイリヤの背中に当たる。

 いい加減にしてほしいのはこっちだ、とため息を吐いたイリヤの眉間にしわを寄せる原因となっている声の主は、周囲から集まる女性の熱い視線など物ともせずに再び猫なで声を発した。

「ねぇ王子ー、こっち向いてくださいってば〜」

「・・・・・・・・・」

 二人だけにしか聞こえないよう小声ではあるが、イリヤの神経を逆撫でしていることをカイルが気付かないはずはなく、むしろそうなるように仕向けていることがその声音から分かる。

 だからこそ無視し続けていたのだが、そのせいでカイルがぼそりと不穏な言葉を吐き捨てたのを聞き逃してしまった。

「・・・強情」

 この一言がイリヤの不運をさらに長引かせる一端となり、その身を以て思い知ることになるとは誰が想定出来ようか。

 町の主要通りから裏道に入ったその瞬間、イリヤの身に悪寒が走るのと同時に異変は起きた。

 何事かと振り返る間もなく背後から抱き締められて、暴れる間もなく近くの空き家へと連れ込まれる。

「!!ッ・・・何す・・・痛、ぁっ!」

 為す術もなく、腰ほどあるテーブルの上へ叩きつけるように押さえつけられる。

 無理な体勢を強いられて逸らせた喉元に齧りつけば、その野性じみた行為にイリヤの身体が恐怖で竦んだ。

 歯形のついた白い首筋を見て、カイルは所有を誇示するかのようにねっとりと舌を這わせた。

 その弧を描いた唇が今度はラインを確かめながら首筋から頬へと這い、震える瞼を掠めて鼻を滑り降り、辿りついたそこへ優しく口づけを落とす。

「っ、ん・・・!」

 拒むように口を閉ざすイリヤの抵抗を逆手にとって、カイルがすかさずその鼻をつまんだ。

「!!」

 引き剥がそうともがくが力の差は歴然で、またしてもそれが相手の狙い通りとなり、無理な体勢で暴れたためか呼吸困難に陥ったイリヤは酸素を求めて喘いだ。

「〜〜〜ッ、ぷはっ、はっ、はぁ、はぁ・・・っ!?んんんっ!」

 そうして出来る限りの抵抗をあっさりと切り崩したカイルの舌は易々と侵入を果たし、無遠慮に口腔を荒らしていった。

 喉奥へと逃げたイリヤの舌をカイルのそれが絡め取り、唾液や吐息だけでなく互いの熱までもを綯い交ぜにしていく。

 執拗に嬲られ、吸われ、腰に特有の疼きを感じ始めたところでようやく呼吸を許された。

「うわ、ベタベタですよ・・・エッロい顔・・・」

 唾液に塗れたイリヤの腫れて赤くなった唇を指先でなぞって、カイルは獲物を捕らえた獣のように舌舐めずりをした。

 この発言には、息を整えることに必死だったイリヤもさすがに黙ってはいられない。

「だ、誰のせいでこうなってると・・・!」

「王子が悪いんでしょ」

 しれっと人の所為にしたカイルの言い様に、罠を張られていると感づきつつも怒りを抑えられない。

「なん、で・・・僕がっ、何をした・・・っ」

「俺のお願いを聞いてくれないから」

「お願い、って・・・あんなことでこんな目に遭ってるのか!?」

 ここ数日、カイルからどうしてもとお願いされていることがひとつだけある。

 といっても特別でも無理難題というわけでもないが、イリヤは拒否し続けている。

 その理由は至って個人的なことで、カイルには何ら非は無く、自分の気持ちさえ整理できれば応えてやってもいいかと考えていた。

 しかし、今はまだそこまでの心の余裕はない。

「ねえ、王子・・・」

「そんな声出しても駄目だからな」

 甘えた口調で覗き込んでくるカイルから視線を逸らして、憮然とした表情でイリヤは一蹴する。

 すると今度は、じわりじわりと追い詰めるかのごとく無言で見つめられ、居た堪れずにイリヤが睫毛を震わせれば、カイルは大仰にため息を吐いた。

「まったく・・・頑固にも程がありますよ」

「カ、カイルほどじゃないっ」

 チリチリと威圧的なオーラを醸し出し始めたカイルに怖じ気づきそうになったが、彼の思うままに動く義理は無いとイリヤも意固地になる。

 それがカイルを煽る要因になるとも知らず・・・。

「それじゃあ、このまま此処で続き・・・しましょうか」

「は・・・?えっ!・・・ちょ、待っ!!」

 上着の隙間から肌へと直に触れてくる手の冷たさに身体を強張らせつつも、抵抗する余力はまだ残しているイリヤはそれを払い除けようと必死だ。

 だがイリヤの両手はなんなく捕らえられ、あろうことか後ろ手に縛られてしまった。

 テーブルに上半身をうつ伏せにして押しつけられる。

「一国の王子がこんな廃墟で男に組み敷かれてるなんて、誰が想像できるでしょうね」

「や、めろ・・・っ!・・・ぁ、ぅ・・・」

 嫌がる素振りとは裏腹に、胸の尖りを抓まれた途端にイリヤの身体からは力が抜け、その甘い痺れに浅ましくも更なる刺激を期待してしまう。

「乳首を弄っただけでココを固くして・・・声を押し殺しててもそんな物欲しそうな顔してたら無意味ですよ」

 淫猥な言葉で翻弄するカイルの楽しそうな声は耳に障るが、それさえも今は新たな快楽の火種となる。

「んんっ、は・・・っぁ、あっ」

「ほらほら・・・薄壁一枚なんですから、あんまり大きい声出すと外の通行人に聞こえちゃいますって」

 そう言いながらも弄る手は休むことを知らず、服の上から下腹部を撫でられてイリヤが大きく体をびくつかせた。

「うっ・・・アァッ!」

「やらしーカラダ・・・」

「ンッ・・・!」

 カイルの手管に慣らされた身体は、少しの愛撫でも過度の反応を示してしまう。

 それを知った上で言っているのだからイリヤにしてみれば堪ったものではなく、あまりの悔しさに涙が滲む。

 背後からそれを感じ取ったのか、圧し掛かるようにカイルが覗き込んできた。

 もしかしたら気が咎めて、詫びのひとつでも言うのかと思いきや・・・。

「要求に応じてくれれば止めます」

「・・・・・・・・・」

「YES以外は認めません。それ以外なら、ココに俺の・・・咥えさせますよ」

 カイルの長い指が双丘を割って布越しに秘部へ触れると、イリヤはきつく目を閉じて唇を噛み締めた。

 この男はどんな抵抗を見せても、どれだけ拒絶しても、たった一言を引き出すまでこの行為を止める気はないのだ。

 薄汚れた廃屋で、服を剥いで強姦紛いに自分を犯すのだろう。

 彼がそういう人間であることを、数年を共に旅してきた間で何度も痛感してきた。

 彼女の元を離れてからは、特に酷い。

 相手の心の奥の奥まで暴いて、肉体だけでなく精神的にも追い詰めてくるのだ。

 ちっぽけなプライドなど、今ここで捨て去る方が賢明な判断と言えよう。

「・・・・・・、・・・った・・・」

 絞るように出した声は、思った以上に震えて言葉にならなかったらしい。

「なんですか?聞こえないですよ」

「・・・わかった、って言ったんだ・・・だから、もうこれ以上は・・・」

 力無く呟いたイリヤの言葉に気を良くしたカイルが離れていったため、ようやく解放されると思いズルズルと床に腰を下ろしたのだが、それは大きな間違いだった。

 外されると思っていた手枷はテーブルの脚を前から抱き込むように繋ぎ直され、恐怖を感じたイリヤが振り返ろうとした矢先、再び背後から圧し掛かられて身動ぎが出来なくなる。

「なっ、何・・・!?」

「とりあえずコレ、なんとかしておきましょうか」

 そう言うなりイリヤの下着の中に手を入れ、勃ちはじめていた中心を握り込んだ。

「ヒッ、ぅっ・・・ん・・・!」

 突然のことに対応しきれないイリヤは、カイルから与えられる刺激に自我を保つことで一杯いっぱいだ。

「ぅあ、あっ・・・や、やめ・・・」

「一回出しておかないと、ね?こんな状態じゃ外歩けませんし・・・ほら、俺に任せて」

 こんな状態にしたのはそもそも誰だ、そう怒鳴り散らしたいのをなんとか堪えて、不本意ながらも仕方なくカイルに身を委ねる。

 大人しくなったイリヤの背に身体を擦り寄せ、満足そうに微笑んだカイルが淫らに指を動かせば、静かな空間で粘り気のある水音だけが際立った。

 理性と快楽の狭間で苦しむイリヤの熱を持った身体は、勝手知ったるカイルの技巧で少しずつ高みへ追い上げられていく。

「ぁ、ふっ・・・んんっ、も・・・、イ・・・っ」

 イク・・・、そう言いかけるよりも素早くカイルの指が無情にも射精を堰き止めた。

「ッ!!・・・ぅ、あ・・・」

 眩暈でも起こしそうなほどのツライ状態に息を乱すイリヤの耳元で、カイルが熱い吐息を含ませて囁いた。

「俺の名を呼んで」

「んっ・・・なん、で・・・、ッ・・・」

 意味が分からないと後ろを振り返ろうとしたイリヤの耳を甘噛みして、再び催促する。

「いいから・・・呼んで・・・」

 長い黄色(おうしょく)の髪が頬や首に掛かり、くすぐったさに身を捩るも離れる気配は全く無い。

 それどころか密着度は更に増し、背から伝わるカイルの体温の高さに驚いた。

 冷ややかな態度とは裏腹に、彼もまたその身に宿る熱を持て余しているのだろうか。

 物思いに耽っている間にも再びカイルの手が淫らに動き出し、静まりつつあった快感が無理やり引き出されていく。

「・・・っ、・・・ぅ・・・」

 気が狂いそうなほどの熱のうねりが思考を徐々に濁らせていき、喉奥から無意識に叫んでしまいそうになる名を飲み込んで必死に耐えていると、カイルが低く唸るように咎める。

「・・・このままで放置されたいんですか?」

 男の苛立ちが背から伝わり、恐怖心から身震いを起こしたが、これ以上カイルの言いなりになるのは嫌だと頭(かぶり)を振った。

 視線を背後に移し、やや目を細めた男を睨みつける。

「したいなら・・・すれば、いい・・・」

「・・・・・・」

 その強気な発言にカイルは何も言わない。

 沈黙が恐ろしくて、イリヤは成立しない会話の隙間を埋めるようにしゃべり続ける。

「約束は、ちゃんと果たすんだ、から、ッ・・・、も、う・・・」

 赦して・・・、と床に零した言葉は掠れていて、カイルの耳に届いたかどうかは定かでない。

 しかし深いため息とともに訪れたイリヤを追い上げるような指の動きに、カイルが折れてくれたのだと分かり、ようやく安心してそれだけに集中することができる。

「んっ、ア・・・あっ、ぁ、・・・ッ、アァ・・・ッ」

 イリヤのイイところばかりを的確に狙ってくるカイルの手技に、乱れに乱れて体力はもう限界だった。

 絶対に呼ぶものかと頑なだったその名を、つい口にしてしまう。

「カ、イ・・・ッ、・・・んっ、アッ・・・待、っ・・・ッ」

 イリヤに触れる指が一瞬ピクリと止まった気がしたが、気のせいかと思わせるくらい激しく上下に扱かれ、途端、イリヤの思考は真っ白になって弾けた。

「ッ、イ・・・クッ―――!!」

「そう・・・俺で頭、いっぱいにして・・・」

 そのとき、カイルが腕の中の青年を強く抱きしめて独りごちたことを、当人は知らないまま意識を手放したのだった。










 イリヤが目を覚ましたのはそれからすぐのことで、テーブルに縛られていた腕を解かれる感触で気がついた。

 衣類はすでに整えられており、全身に広がる気だるさと手首に赤く残された痕が先ほどまでの情事を色濃く映し出していた。

「・・・ああ、こんなに汚れて・・・」

 先ほどまでとは打って変わり、優しい手つきで髪や服についた砂や埃を払っていくカイルの瞳は真摯な色を取り戻していた。

「無理をさせてすみません・・・」

 しかしその謝罪からはしおらしさや後悔の念はまったく伝わってこない。

 彼の中では、これが当然の結末だったのだろう。

 現に、「でも・・・」と呟いたカイルの表情はとても穏やかだ。

「あなたの髪、絶対に元の色のほうが似合います・・・」

 その顔で、彼は残酷なことをつきつける。

「・・・・・・・・・」

 そう・・・。

 カイルが求めていたもの。

 それは、今も茶に染めているイリヤの髪を、元の”銀”に戻すということ。

 たった、それだけのこと。

 彼が何を考えてそう言っているのかは分からないし、この先も聞く気はない。

 本気で似合っていると思ってくれての発言だと信じたい。

 けれど、カイルの心を占めているであろう想い人と同じ髪色というだけで身構えてしまうくらい、臆病になっている自分がいるのだ。

 亡き母にもらった大切な髪を、綺麗だと妹が触れてくれた大事な髪を、大好きだと思う以上に今は憎い。

「さあ、行きましょう」

 イリヤの手をとり立ち上がらせると、カイルは女王騎士としての振る舞いで以て、外への扉を開いた。





 それから数刻後、王族の威光を取り戻したにも拘わらず不機嫌そうな青年と、それを満足げに見ては似合うを連発する女王騎士の姿が街の至る所で目撃されちょっとした騒動になるわけだが、別の新たな問題がすぐ先まで迫っていることを彼らはまだ知らない。










 fin.






小中学生のような、好きな子ほど虐めたくなる心理。
カイル馬鹿だなーと思いながら書いていました。
王子は王子で、相変わらず心の内を晒すのが苦手で臆病者。
お互い言いたいことは何も言えてないのですれ違いは当然といえば当然。
そのもやっと感が少しでも出ていればいいんですが・・・。
それにしてもうちの王子、笑わんなー。
でもって、エロ最近スランプ・・・(文章自体がすでにアウト)


このままではカイルが残念な感じなので、ちょい独白っぽいのも書いてみようと思います。

  →→→ 
タイトル未定、製作中